日本におけるブータン研究の発展・普及を目指して
Japan Society for Bhutan Studies: JSBS
「日本ブータン学会第8回大会」開催のお知らせ
日本ブータン学会第8回大会準備委員会
須藤 伸(日本ブータン研究所)
このたび、ブータンを対象とする学術的研究の発展及び普及を図ることを目的とし、日本ブータン学会(Japan Society for Bhutan Studies: JSBS)第8回大会を開催いたします。
当学会は、立場や専門分野を限定せず、多くの人に開かれた学際的な相互向上の場を目指しています。各人が普段親しんでいるブータンへのアプローチとは異なる視点や分析方法を知り、互いの差異を認識したうえで、忌憚のない討議をしたいと考えております。
万障お繰り合わせのうえ、ぜひご参加ください。
概要
1. 大会日程
2024年10月19日(土) 13:00~17:00 (開始10分前より入室可能)
2. 開催方法
Zoomによるリアルタイム配信
3. 大会プログラム
13:00~13:10 開会挨拶
13:10~14:10 基調講演(英語) ※確定しました。(2024年10月12日更新)
マイケル・ラトランド氏(Michael Rutland, O.B.E.)
在ブータン英国名誉領事/第4代国王の英国人家庭教師
1971年、第4代国王の家庭教師としてブータンに滞在。以来50年以上に渡り
ブータン社会の変化を見つめるとともに、英国との友好関係の構築に貢献。
エリザベス女王から大英帝国勲章(OBE)授与(2005年)
第4代国王からブータン市民権授与(2006年)
ブータン功労勲章(ゴールド)(Bhutan Order of Merit (Gold))授与(2017年)
14:10~14:20 休憩
14:20~15:00 発表①
「草の根活動でのソーシャルワーク報告」
平山 貴一(京都大学大学院)
15:00~15:10 休憩
15:10~15:50 発表②
「ブータン王国でのモバイル胎児モニター導入の事例から考える
開発途上国で全国規模の遠隔医療システムを機能させる要素」
渡部 晃三(国際協力機構専門家)
15:50~16:00 休憩
16:00~16:40 発表③
「移動する家族の家庭言語とアイデンティティ形成
―オーストラリア在住ブータン人民族語話者家族の事例から―」
佐藤 美奈子(京都大学)
16:40~17:00 諸連絡
4. 大会参加費
無料
5. 参加申し込み
参加を希望されるかたは、以下の参加申込フォームに必要事項を入力の上、お申し込み手続きをお願いします。
【参加申込フォーム】(URLをクリック)
https://forms.gle/yb98LEAsncubpaqs6
事前にお申し込みいただいたかたのみご参加いただけます。大会前日の夜に、使用するZoomのURLを、お申し込みいただいたメールアドレスにお送りします。
※申込締切:2024年10月18日(金) 18:00
6. 参加にあたっての注意事項
- 開始時間の10分前(12時50分)から入室可能です。
- マイクとカメラはオフにしてご参加ください(オンの場合はこちらでオフにすることがあります)。
- スクリーンショットや録音、録画等の記録はご遠慮ください。
- 大会の内容は、事務局にて記録のため録画させていただきます。
7. その他
- 懇親会は開催いたしません。
- 2024年度の総会は、文書による報告・審議(書面によるメール審議)により行われます。(2024年度会員のかたには、後日事務局から報告・審議のための資料を送付します。)
8. お問い合わせ先
日本ブータン学会第8回大会準備委員会 jsbs.office@gmail.com
(担当:須藤 伸、平山 雄大)
発表要旨
【発表要旨①】「草の根活動でのソーシャルワーク報告」平山 貴一(京都大学大学院)
私は2022年に開始されたタシガン県での草の根活動における保健班の1人です。長期間の滞在ではなく、年に2回、1回1,2か月程度の活動ではありますが報告させていただきます。今回は特に、村で行ったソーシャルワーク活動について報告します。
ブータンを含むまだ先進国に至っていない国々でも、ユニバーサルヘルス(全員が適切な医療を受けられること)が徐々に地域社会に広がりつつあります。その次のステップとして、生活の福祉が重要な課題となっています。JICAの草の根プロジェクトの一環として、私はTrashigang県のBartsham、Kanglung、Lumang、Merakの学校や病院、家庭を訪問しました。そこで、特に障がいのある家庭や貧困家庭の子どもたちが、物質的・心理的な負担を抱えていることに気づきました。また、病院、学校、ゲオグ(地域行政)がそれぞれ部分的な情報しか持っておらず、情報を共有できていないことも分かりました。
そこで、日本で行われている地域ケア会議を参考にして、Kanglungで地域支援会議を開催しました。日本の地域ケア会議とは、地域包括支援センターという高齢者の困りごとの相談解決を行っている中学校に1つ設置された機関が主催する、地域の中で周囲が困っているケースを地域のステークホルダーが話し合う会議です。Kanglungで開催した会議には、Gup(地域のリーダー)、RENEW(地域の福祉団体)、小学校の校長、Sherubtse大学の教員、大学のカウンセラー、Social Service Unitの学生、病院の保健師、CMO(地域医療オフィサー)などの地域関係者が参加し、複雑な環境にあるヤングケアラーが学校を中退したケースについて議論しました。私たちは、子どもが再び学校で学びたいという意志を尊重し、解決策を話し合いました。
ブータンでは、社会の高齢化、若者の流出に伴い、介護の需要が増加し、介護者の負担や家族への社会的支援といった社会的問題が増えることが予想されます。地域社会内で問題を解決できるシステムや、地域で解決できない場合に外部からの支援に繋げる方法を考えるうえで、ソーシャルワークが重要な役割を果たします。このようなケーススタディの積み重ねが、他の地域での問題解決や国の政策立案に繋がるでしょう。政府もまた、マルチセクタータスクフォースおよび地域支援ネットワーク(MSTF-CBSS)の強化を提案しています。一方で、宗教的に、個人それぞれがソーシャルワーカーであり、ソーシャルワーカーという制度は不要だという意見もあります。2019年に開校したソーシャルワーカーを育成する学部も大学再編で2年の入学者をもって、今年閉じることになりました。このような背景のもと、私は参加者の皆さんと一緒に、ブータン独自のソーシャルワークをどのように醸成していくか、はたまたその必要性があるかを含めて学会に参加している皆さまとともに一緒に模索したいと考えています。
【発表要旨②】「ブータン王国でのモバイル胎児モニター導入の事例から考える開発途上国で全国規模の遠隔医療システムを機能させる要素」渡部 晃三(国際協力機構専門家)
ブータンでは、2020年3月5日に最初の新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」)患者が発見された後、優れたリーダーの下で、国際標準よりも厳しい国境対策、保健医療人材の確保と再配置、ボランティアの動員、情報通信技術(ICT)活用、COVID-19ワクチン接種全国キャンペーン、保健セクターと他分野の協働などを含む対策を実施し、国民の命をCOVID-19感染症から守るための努力を傾注した。この時期、感染症COVID-19への対応に保健医療分野の人材・予算・資機材等を集中投入した影響を受けて、手薄にならざるを得なかった母子保健分野を強化するために、2021年6月以降、JICAとUNDPの支援の下で、ブータン保健省により、日本で開発された遠隔医療システムであるモバイル胎児心音モニター(iCTG; 香川県のメロディインターナショナル株式会社製)が、ブータン全国の46か所の医療施設に55セット導入された。このシステムは、産科専門医が不足する中、妊婦健診やお産を扱う地方部の医療機関の総合医・看護助産師・ヘルス・アシスタントなどが、人数が少なく拠点病院のみに配置されている産科専門医との間で、胎児心音などのデータを携帯端末等で共有することを可能にし、胎児や妊婦に危険が予測される場合に専門医からの助言を得られるようにするシステムである。ブータンにおける保健医療人材不足の下で、母子保健の向上を目指した取組みとして実施されている。
開発途上国は、保健医療人材、機材、財政等の保健医療資源に制約がある中で、国民に対し、より良い保健医療を提供するために、遠隔医療に関心を寄せている。開発協力において、遠隔医療の導入支援のモデル事業が終了した後の持続性がなければ、開発途上国が「より良い保健医療を提供する」ために役立てられない。本研究は、日本で開発された実績のある遠隔医療システムを対象に、「開発途上国において全国規模の遠隔医療システムを機能させるには何が必要か」を、COVID-19影響下でブータン保健省が全国規模で導入した経緯を分析することにより明らかにした。まず、日本の先行研究、WHO デジタルヘルス取組指針、コソボ等での遠隔医療導入を扱った先行研究、JICA の開発協力の実践からの教訓を用い、開発途上国で全国規模の遠隔医療システムを機能させるための「分析の枠組み」5 項目を次の通り設定した。
(1)【課題・体制】課題・ニーズ・「動かす仕組み」があり、目標を設定、多職種チームで取組む
(2)【政策・予算】政策と合致し、資金・予算の範囲内で取組む
(3)【ICT 環境】ICT 環境の改善、開発・運用への技術面の取組み
(4)【人材】人材育成の体制造りと研修実施、主体的に推進するキーパーソンを複数育てる
(5)【モニタリング】実施の際のモニタリングとデータ活用
次に、ブータンでモバイル胎児モニターを 2021 年から全国規模で導入し、地方部の保健医療施設のスタッフが、診察データを遠隔医療システムを用いて中核病院等に配置される産婦人科専門医と共有する体制を整備する、地方部の母子保健の改善を図る取組みにおいて、同遠隔医療システムの新規導入プロセスの初期段階である2021年10月から12月に、保健省・JICA・UNDP等の「iCTG推進チーム」関係者が、導入先の医療施設26か所を訪問して現場の医療従事者計75名への聞き取り調査を実施し、調査結果を上記の枠組みを用いて考察した。
結論として、ブータンの事例を通し、「分析の枠組み」各項目に関して更に、(1)推進チームが中央の政策と現場のギャップを把握し対応策を見出し実行する、(2)iCTGと母子健康手帳のように重要な制度と繋ぎ母子保健業務フローに加える、(3)医療施設の通信環境を現地で確認、(4)現場の研修ニーズに沿い国内教育機関等と連携して研修体制を構築、(5)モニタリングのデータを用いた事業の改善の必要性が明らかになった。
キーワード: 開発途上国、開発協力、モバイル胎児モニター(iCTG)、情報通信技術、国際協力機構
注:本発表は、日本遠隔医療学会雑誌第20巻1号(2024年7月発行)掲載の発表者による論文を基にしています。
【発表要旨③】「移動する家族の家庭言語とアイデンティティ形成―オーストラリア在住ブータン人民族語話者家族の事例から―」佐藤 美奈子(京都大学)
1.はじめに
本研究は,2020年代に急増した,オーストラリアへのブータン人家族の移住動向を,家庭言語選択から分析する.2020年代以降の流出の特徴は,第1に「家族」を単位としている点である.2021年オーストラリア国勢調査によると,ブータン生まれの移民は,1万2,002人,25歳~44歳が65.4%を占め,80%以上が既婚者である.全体の40%は家族世帯で,そのうち60%は,子どものいる家庭である.第2に,移民家族の出身が東部や南部の民族語地区であり,ブータンの国語であるゾンカ語話者民族ではないということである.第3は,現在の主体となる専門学校への留学生の多くが,留学後は現地での就職と永住権取得を希望している点である.
2.目的
研究の目的は,第1に,「家族であること」が,「移民過程」(カールズ&ミラー2011) にどのように作用するかを明らかにすることである.第2は,ブータン人民族語話者家族は,移住先で,どの言語を「家庭言語」とするか,その選択は,家族のアイデンティティ形成にいかに関わっていくか,その過程を明らかにすることである.第3は,ブータン人移民家族の「言語バイオグラフィ」(Dezzin 1989; Nekvapil 2023, 他)の語りを通し,「多段階移動」(Carlos and Sato 2010; Sato 2024)と,その過程での家庭言語の選択と継承語への意識,アイデンティティ形成の軌跡をオーストラリア在住の他の移民家族とコミュニティの報告(ファン 2016;薮田 2023;高 2018)との比較から明らかにすることである.
3.方法
調査方法は,ライフストーリーの方法として,言語バイオグラフィ・インタビューと羅生門的アプローチを採る.306人を対象とした1次調査から絞り込み,3次調査にて地方民族語地区出身の非ゾンカ語話者を両親とする,子どもをもつ 5 つの家族を抽出した.夫と妻の双方から語りを聴取し,「移民家族」の地域社会との接触,参入,新たなコミュニティ創造の過程における,「夫・父親」「妻・母親」の役割の相違,さらにイニティアティブの転換に着目した.
4.調査結果
本研究が調査した民族語家族は,いずれもブータン在住時に「意識して」ゾンカ語を家庭で用いた.ゾンカ語と英語で機能するブータン社会で民族語家庭出身のわが子が不利にならないように,という配慮からである.彼らは現在,オーストラリアで「わたしたちの言語」として各々の民族の言語を取り戻そうとしている.ただし,親たちが強調したことは,民族語を用いるのは「ブータン人」であることを否定することではない,ということである.「民族であり,ブータン人であり,オーストラリア人であることが,オーストラリアでは矛盾せず,社会から奨励される」.それが,彼らが,わが子を育て,家族のアイデンティティを築くる社会としてオーストラリアを選択する理由であった.
引用文献
Blommaert, J. and Backus, A (2013). Superdiverse repertoires and the individual, in I. de Saint-Georges and J. J.Weber (eds), Multilingualism and Multimodality: Current Challenges for Educational Studies, Rotterdam: Sense Publishers, pp.11-32.
Nekvapil(2003). Language biographies and the analysis of language situations: on the life of the German community in the Czech Republic. International Journal of the Sociology of Language, 162, pp.63-83.
Carlos, M., Chizu Sato (2010). The Multi-step Migration of Nurses – The Case of Filipinos in the United Kingdom, Sociology, Medicine (Website last accessed on May 20, 2024)