日本におけるブータン研究の発展・普及を目指して
Japan Society for Bhutan Studies: JSBS

「日本ブータン学会第4回大会」開催のお知らせ

このたび、ブータンを対象とする学術的研究の発展及び普及を図ることを目的とし、日本ブータン学会(Japan Society for Bhutan Studies: JSBS)第4回大会を開催いたします。当初は5月16日(土)に福井市内にて開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響を受けて延期し、最終的にオンラインで行うこととなりました。

当学会は、立場や専門分野を限定せず、多くの人に開かれた学際的な相互向上の場を目指しています。各人が普段親しんでいるブータンへのアプローチとは異なる視点や分析方法を知り、互いの差異を認識したうえで、忌憚のない討議をしたいと考えております。

万障お繰り合わせのうえ、ぜひご参加ください。

概要

1. 大会日程

2020年10月31日(土) 13:00~16:20 (開始10分前より入室可能)

2. 開催方法

Zoomによるリアルタイム配信

3. 大会プログラム

※共同研究の場合は、発表者に〇印を付しています。

13:00~13:05  開会挨拶
13:05~14:00  基調講演
         「未来の幸せへの道標」
         高野 翔 氏(福井県立大学地域経済研究所 准教授)
14:00~14:30  発表①
         「ブータンのあそび歌ツァンモ ―各地の実際と比較考察―」
         ○伊野 義博(新潟大学)
         ○黒田 清子(金城学院大学)
14:30~15:00  発表②
         「ブータン王国サッカーの現状と課題について
         ―海外派遣サッカー指導者に着目して―」
         松山 博明(追手門学院大学)
15:00~15:15  休憩

15:15~15:45  発表③
         「多言語社会ブータン王国における家庭言語調査
         ―知識人家庭における両親の家庭言語選択―」
         佐藤 美奈子(京都大学大学院)
15:45~16:15  発表④
         「GNH批判の学術的検討 ―アクターネットワーク論から逆照射する―」
         ○真崎 克彦(甲南大学)
         Jit Tshering(Royal Institute of Management)
16:15~16:20  諸連絡

4. 大会参加費

無料

5. 参加申し込み

参加を希望されるかたは、「1. 氏名、2. 所属」をメール本文に記載し、日本ブータン学会第4回大会準備委員会(jsbs.office@gmail.com)までお申し込みください。

事前にお申し込みいただいたかたのみご参加いただけます。大会前日の夜に、使用するZoomのURLを、申し込みいただいたメールアドレスにお送りします。

※申込締切:2020年10月30日(金) 18:00

6. 参加にあたっての注意事項
  • 開始時間の10分前(12時50分)から入室可能です。
  • マイクとカメラはオフにしてご参加ください(オンの場合はこちらでオフにすることがあります)。
  • スクリーンショットや録音、録画はすべて不可とさせていただきます。
  • 大会の内容は、記録のため録画させていただきます。
7. その他
  • 懇親会は開催いたしません。
  • 2020年度の総会は、文書による報告・審議(書面によるメール審議)のかたちで行われます。(後日事務局より、2020年度会員のかたに報告・審議のための資料を送付します。)
8. お問い合わせ先

日本ブータン学会第4回大会準備委員会 jsbs.office@gmail.com
(担当:須藤 伸、平山 雄大)

発表要旨

【発表要旨①】「ブータンのあそび歌ツァンモ ―各地の実際と比較考察―」○伊野 義博(新潟大学)、○黒田 清子(金城学院大学)

ブータンには、ツァンモtsangmoと呼ばれるあそび歌が各地に存在する。古くは、中尾佐助(1959)によって、ブータンにおける「恋のかけ合わせ」として歌垣との関係で日本に紹介された。その後、糸永正之(1986)の研究や、藤井知昭(1991)、Sonam Kinga(2001)、Dorji Penjore(2018)などの論考が見られる。

ツァンモは一定の音節の組合せをもった4行の詩文を一定の旋律を用い、時に即興も交えて歌いながら、相手との相性を判断したり、歌で対決したり、あるいは予言や占いをする歌唱を伴った行為と思われる。しかしながらその実態は、必ずしも明らかになっていない。人々の生活の中で行われてきたツァンモは、現代ではその習慣が失われつつある。

発表者等は、ここ10年ほど、ツァンモを追いかけ、パロ、プナカ、トンサ、メラ、ダガナ、ラヤ、ハ、及び複数の学校や放送局での調査を継続してきた。その結果、ツァンモという行為の共通性や固有性、地域性が浮かび上がるとともに、様々に変容する行為の実際が明らかになってきた。本発表では、これまでの調査をもとに、①各地のツァンモのそれぞれがいったいどのような行為であるのか、について整理しつつ、②各地のツァンモの有り様を比較、考察し、ツァンモの概念に迫りたい。

ツァンモの遊び方は大きく3種類に分類することができる。

①ツァンモ・モタプニtsangmo motapni(個々の人の品物合わせによる予言、占い)
②ツァンモ・ナムケ・チェニtsangmo namkey cheni(品物を媒介としたペアの決定による予言、占い)
③ツァンモ・ツェニtsangmo cheyni(2人、2組による掛け合い)

これらのうち、①②は、歌に合せて棒で品物を指していき予言や占いを行うが、③では、棒も品物も使用せず、時に多少の所作を伴いながら相互に歌を掛け合う。トンサ県タンシジ村とタシガン県メラでは、もっぱら③の遊び方であった。ダガナ県ツェザ村とガサ県ラサでは、モタプニ、ナムケ・チェニといった占い遊びであった。一方、プナカ県チャンイー村では3種類ともみられた。また、トンサ県ツァンカ村では、レトロ・ドムニlathro domniやまわりうたなど独自のやり方で遊んだという。なお、ダガナ県ゴンカ村では大人の間では3種類のツァンモが行われ、子どもは、ツァンモの歌詞を歌いながら品物を棒で指し、歌の終わりで棒が止まった時に指された品物を自分のものにするといった一種の賭け遊びをしていたという。ハ県ドムチョ村のナムケ・チェニでは、天・地上・地下の神々に対して順に呼びかけ、縁を占っていた。全体的に見ると、ツェニの形は広く浸透しており、学校でのツァンモ大会ではこの形式が整理され、教育活動に取り入れられている。

ツァンモの本質は、定型詩を一定の節にのせて歌うツァンモの「型」と歌にのって伝えられる「言葉の力への信仰」にあると思われる。そしてこのことが様々な条件に反応し、ツァンモの遊び方の多様性を生み出す要因になっている。

【引用文献】

  • 中尾佐助:『秘境ブータン』 毎日新聞社 東京 1959.
  • 糸永正之: 「ブータンの『相聞歌』—交互唱による対面伝達行動の予備的研究—」学習院大学東洋文化研究所研究報告21: 43-127 1986.
  • 藤井知昭:『ヒマラヤの楽師たち』音楽之友社 東京 1991.
  • Sonam Kinga: The Attributes and Values of Folk and Popular Songs. Journal of Bhutan Studies 3.1: 132-170, 2001.
  • Dorji Penjore: A Note on Tsangmo, a Bhutanese Quatrain. Journal of Bhutan Studies 38: 65-84, 2018.
【発表要旨②】「ブータン王国サッカーの現状と課題について ―海外派遣サッカー指導者に着目して―」松山 博明(追手門学院大学)

ブータンにおいて, サッカーが, いつから, そしてなぜ人気スポーツになったのか, その時期と原因は残念ながら定かではない. もちろん, 古くからサッカーが国民の娯楽だったわけではなく, その歴史は, せいぜいこの 30 年ほどであると考えられる. ブータンにおける伝統的な国技と呼ぶべきものは, 弓技, すなわちアーチェリーである. これは国のほぼ全土で親しまれており, 毎週末には, 広場でアーチェリーを楽しむ姿をよく見かける.

一方, ブータンにおけるサッカーは, 2002 年のワールドカップ・日韓大会時において, 横浜で決勝戦が行われていたときに, ブータンの首都ティンプーにおいて, 当時の世界ランキング最下位のモントセラトと, その一つ上のブータンの間で, 最下位決定戦が開かれることになった. その当時, 最下位決定戦を行ったことがきっかけになり, 多くの人が, より一層サッカーに興味を抱き, サッカーの本格的な強化を行うこととなった. そこで, 以前から交流していた公益財団法人日本サッカー協会(Japan Football Association: 以下JFAとする)は, 本格的な強化を行うためにブータンサッカー協会(Bhutan Football Federation: 以下BFFとする)との間で2008年からJFAアジア貢献事業におけるサッカー指導の派遣を実施することになった. JFAアジア貢献事業は, アジア間での人材の活発な交流を行い, 共存共栄を目指している. これまでブータン代表チーム監督として, 2008年4月16日から行徳浩二氏が赴任した後, 2019年まで7名の指導者が派遣されている経緯がある(JFA, online). 現在では, 海外派遣サッカー指導者の日々の強化によって, 2020年2月現在では, 189位にまで上昇した(最新FIFAランキング, online). また, 近年ではブータンが2018年ロシアワールドカップ1次予選を突破したことでサッカーも国民全体に非常に人気が出てきている. BFFで2016年からU-14・U-17代表監督を務める李成俊氏によると, ブータンには歴代の日本人指導者達による功績が多くある. その一つは, サッカーにおける規律と取り組む姿勢, そして, 技術・戦術はもちろん, サッカーの持つ可能性を大いに広げ, ブータンサッカーに良い刺激を与えたことだと述べている(JFA, online).

これまでブータンサッカーに関する研究では, 海外スポーツ指導者派遣事業の現状と課題とした松山ら(2014; 2015)のブータン王国サッカーの実践活動を中心に調査した研究やブータン地域のサッカー選手の育成レベルなどのコーチング環境の実態調査(松山ら, 2018)などを実施した. また, ブータンと他国の競技力を比較するためJFAフィジカル測定やDIPCA.3の実態調査を実施した(松山ら, 2018; 2019). それに加えて, 海外派遣サッカー指導者における赴任動機やブータンサッカー代表選手の競技力向上に関するコーチング効果の実態調査も行った(松山ら, 2017; 2018). これまで行ってきたブータンサッカーの実態調査を基に, 今後の新たに派遣された指導者が選手やチームの実態を把握して支援活動を行うためには, 調査を継続して実施することが必要不可欠である. したがって, 海外派遣サッカー指導者に着目し, ブータンサッカーの研究結果を元に現状と課題について, 明らかにすることが目的とする.

【発表要旨③】「多言語社会ブータン王国における家庭言語調査 ―知識人家庭における両親の家庭言語選択―」佐藤 美奈子(京都大学大学院)

1. 研究の目的

本研究は,多言語社会ブータン王国(以下,ブータン)における,若い両親の家庭言語に対する選択意識とその実践を,「言語的社会化論(Ochs and Bambi 2012)」を理論的枠組みとし,家庭を取り囲む周囲の環境との関係から明らかにすることを目的とする.学校教育の普及により,英語と国語は,ブータンの 2 つの共通語として,その有用性,威信性を確実なものとしつつある.一方,近代化に伴う国民の全国的移動,異言語話者間結婚の増加は土地と民族と言語のつながりを希薄化し,「民族語の継承の場」(Wangdi, 2015:8)とされた家庭は,その機能を失いつつある.本研究は,今後確実に増加が予想される,「英語もゾンカ語もできる両親」がわが子の家庭言語としてどの言語を選択するか,核家族として地方に赴任した知識人(地方赴任の現役教師)と拡大家族三世代で暮らす知識人(地元の一般人) の家庭を比較することにより明らかにする.

2. 内容と方法

ブータンでは学校教師は,自身の言語や出身に関わらず赴任地が決定される. そのため,地方赴任の教師家庭では,赴任地の民族語能力がない両親がゾンカ語,英語,あるいは両親の民族語を家庭言語とすることが多い.本研究では,地方赴任現役教師の核家族34家庭と地元出身の三世代同居の知識人家庭(ホテルスタッフ等)22家族,比較として地方の農民家庭27家庭における家庭言語状況を英語の早期導入と両親の民族語の継承を中心として比較した.さらに家庭言語選択に対する両親の意識度と家庭を取り巻く環境(祖父母や親戚等,同じ民族語を話す同居の家族の存在)を加味して考察した.

3. 結果

 (1) 夫婦の結婚形態,家族形態,両親の出身地・居住地の関係

教師家庭は,両親の出身地と現在の居住地が一致せず,全員が核家族である.また両親は異なる民族言語話者同士である異言語話者間結婚である確率が高い.一方,地方在住の一般知識人は,同じ言語民族同士の結婚の割合が高く,三世代同居の拡大家族であり,多くは民族語しか話せない祖父母世代との同居である.

 (2) 両親間言語

教師家庭は,夫婦間でゾンカ語と英語を使用する確率が高い.同じ言語民族語同士の夫婦でも共通の民族語を使用する確率が低い.一般知識人家庭の場合,同郷出身者である可能性が高いこともあり,民族語の使用率が高く,それにゾンカ語が併用される形となる.

 (3) 親子間言語

全年齢の子どもを対象とした場合,親子間言語で教師家庭と一般家庭に大きな相違はなかった.しかし5歳以下の子どもの家庭に限定した場合,教師家庭では両親の民族語に加えて英語とゾンカ語の導入の割合が高く,一つの家庭で話される言語数(複数言語率)が高い傾向がある.一般家庭では,民族語単独の場合が多い.一方,6歳以上の家庭に限定すると,一般家庭での英語,ゾンカ語の使用が急激に増え,しかも民族語も使用されているため複言語率が高くなる傾向があるのに対し,6歳以上の教師家庭では,民族語が使用されず,英語,ゾンカ語のみとなり複言語率が下がる傾向があった.

 (4) 子どもの年齢か,親の年代か?

5歳以下と6歳以上の家庭の相違が子どもの成長による言語変化か,それとも親の世代による選択の相違かを明らかにするために現在,子どもが6歳以上の家庭の両親に,子どもが5歳以下のときの家庭言語状況を回想してもらった.その結果,教師家庭では,若い世代の親は民族語の使用が減り,ゾンカ語,英語の導入傾向が著しく高い一方で,現在6歳以上の家庭の場合,子どもが幼い頃に民族語を導入したものの,子どもの成長とともに民族語が淘汰されたことがわかった.一方,一般家庭では,若い世代ではゾンカ語の導入は増大し,英語は微増である.しかも民族語の使用は子どもが成長しても保持されている可能性が高いことがわかった.

 (5) 家庭言語選択に対する両親の意識度

家庭言語の選択を意識しているかどうか,また意識したのはいつかをたずねたところ,教師家庭では子どもの誕生前に意識している傾向が高く,英語とゾンカ語は親の意識的な導入であることがわかった.一方,一般家庭夫婦は,選択の意識が低く,またその時期も遅い。一般家庭において子どもが6歳以上で英語やゾンカ語の家庭内使用が増えたのは両親の意識的な導入ではなく,子どもが学校でゾンカ語や英語を学習し,自ら家庭へ持ち込んできたものであった.そして両親の言語能力が高い知識人家庭の場合,親が子どもの使用に応じる形で英語とゾンカ語を用い,そのまま家庭言語として定着したという経緯であることがわかった

4. 結論

 (1) 両親の言語と「土地」との一致,つまり親子を取り巻く周囲の環境にその民族語を使用する大人のモデルがあることが子どもの民族語使用の動機付けや保持を支持すると考えられる.逆にたとえ両親が意識的に自身の民族語を導入しようとも,それを支える環境,すなわち実際のコミュニケーションでその言語が使用され,実用的機能を果たすモデルがないところでは使用を維持していくのは困難であることがわかった.

 (2) 子どもは親の意識的な導入がなくとも,自ら新しい言語を家庭に持ち込み,家庭を多言語化していく主体者となる.そしてそれに応じる親の能力があれば,その新しい言語は家庭言語として定着していく可能性が高い.ブータンでは今後,教育の普及により,英語とゾンカ語の使用能力が高い親が一般的となることが予想されることから,英語およびゾンカ語は家庭言語として導入,定着していく傾向が高くなることは確実と思われる.また両親自身,家庭言語選択に対する意識も高まることが予想され,英語とゾンカ語の家庭内使用にさらに拍車が掛かると考えられる.

【発表要旨④】「GNH批判の学術的検討 ―アクターネットワーク論から逆照射する―」○真崎 克彦(甲南大学)、Jit Tshering(Royal Institute of Management)

国民総幸福(GNH)はしばしば、仏教王国の正当化する政策として批判されてきた。本報告では、そうした趣旨の論集『Development Challenges in Bhutan: Perspectives on Inequality and Gross National Happiness』(2017年、Springer)の序章(「同名」)と4章(「Gross National Happiness and Inequality」)を取り上げる。GNHは統治階級にとっての体制保守の手段であり、少数者抑圧の同化政策と裏腹となる。そのため、民主立憲君主制に移行後も国民の政治的自由や権利は保障されないし、仏教文化や自然環境の保全という名目で、GNHは経済・社会の発展を阻害する「反開発精神」を国内に広める手段になっている(序章)。さらには、地域間格差やジェンダー不平等といった旧弊を改める力にならないばかりか、国王を頂点とする階級社会を存続せしめる手立てにもなっている(4章)。

ただし、このような批判はGNH論の射程を押し広げる意義を持つ一方、多様な現実が併存する社会についての柔軟な解釈を阻むのではないのか。こうした問題意識より、本報告では上記のGNH批判を、ブルーノ・ラトゥールのアクターネットワーク論(ANT)より逆照射しながら検討したい。ANTでは、研究者が馴れ親しんだ所与の「体系」に引き付けて社会を把握しがちな点が問題視され、そこに収まり切らない多様な要素が織りなす「ネットワーク」として、社会をとらえ直すよう説かれる。そのために「アクター」の動きを丹念に追うことで「ネットワーク」を把握することが唱えられる。

上記のGNH批判における所与の「体系」とは、国王や宗教といった旧来の権威が減ずることで経済・社会の進歩につながり、国家共同体に束縛されない自由で民主的な統治が進むという考え方である。しかし、仏教王国に関わる諸「アクター」が織りなすネットワークは多様であり、旧弊を変えようという「開発精神」を体現した「ネットワーク」もある。さらには、旧来の権威にも「開発精神」の発揚を促す面がある。

また、国境を越えた「ネットワーク」に引きつけると、仏教王国内の動向を内政だけに還元できないことがわかる。ブータンにおける地域間格差の問題は、経済グローバル化やそれによる成長志向や消費主義の広まりとは無縁ではない。民主立憲君主制の制度設計にも、世界各地の民主国家の動静、つまり自由民主主義は常に公共性に即した政治運営につながらないと指摘する「ポストデモクラシー」批判が投影されている。

以上の観点より、GNHをめぐる諸「アクターネットワーク」が織りなす社会の有様をとらえ直すとともに、ブータンに関わる私たち「アクター」(学会員や私たちの周りの事物)をどのように新たな「ネットワーク」づくりに向けていけるのか、研究者と研究対象の(非対称性ではなく)対称性を目指した考察を試みたい。